THE TRENCH COAT
『The New Garconne: How to be a Modern Gentlewoman』(原題)の著者にしてファッションライターとしても活躍するナヴァス・バトリワラが語る、トレンチコートの神髄とは?
今ではモダンなワードローブのシンボルとして愛されているトレンチーコートだが、実はその起源は軍服にある。ダブルブレストと風雨避けのフラップ、エポレット(肩章)、深いポケットが特徴で第一世界大戦時に軍隊で普及。以来、英国風デザインの象徴的な存在としてファッション史に刻まれることとなった。
その後数十年の間にトレンチコートは数々の映画に登場してきた。ローレン・バコールやイングリッド・バーグマン、グレタ・ガルボなど往年のハリウッド女優は決まってトレンチコートのボタンを留めてベルトをしっかりと締め、ミステリアスでクールな魅力を放っていたものだ。元が軍服だけに男性っぽさと女性のか弱さとのミックスマッチが、えも言われぬ女性らしさの演出に一役買っていたのは事実である。
トレンチの原型(エポレットとタイロッケンコートをアップデートしたもの)はバーバリーが手掛けたと言われているが、その後、様々なデザイナーが数え切れないほどのクリエイティブな実験を重ねてきた。MAJEやイザベル マランにより一時はフレンチ・シックを体現するアイテムとしても愛されたが、今はむしろY世代のアイコンとして世界的な人気を誇っている。JWアンダーソンやメゾン マルジェラのトレンチはデフォルメされたプロポーションと一風変わった素材使いや意外なディテールが奏功し、インスタ世代の若者には「クラシックの再定義」として受け入れられている。
また、トレンチといえばそのセクシーさも忘れてはならない。決め手はインナーに何を着るか(もしくは着ないか)ということ。グラマラスな装いにふさわしいトレンチはイタリア人デザイナーたちの得意とするところで、ドルチェ&ガッバーナやロベルト カヴァリはレザーやプリントシルクを用いて新たなトレンチ像を打ち出した。
おしゃれ上級者向けにシャイニーなコーティングを施したトレンチもある。もちろん原点は1967年の映画『昼顔』でカトリーヌ・ドヌーヴが演じたヒロインだ。艶やかなイヴ サンローランの漆黒のトレンチと繊細なロジェ ヴィヴィエのパンプスを合わせたコーディネートに人々はエロスと無垢な魅力をあわせ持つセヴリーヌ像を重ねたのである。
運命のトレンチコートを見つけたら、即入手することをおすすめしたい。一着だけに絞るなら、シーンを選ばず活躍するデザイン(ノーカラーで軽くも重くもなく、あらゆるインナーに対応するゆったりしたシルエット)を選ぶべきである。IRIS & INKやヴィクトリア ベッカムなら仕立てのよいシックなトレンチが見つかるだろう。ちなみに私の究極の一着はバーバリーのクラシックなギャバジン素材のトレンチ。ファッションエディターとして初めてのお給料で自分へのご褒美に購入したものだ。今でも袖を通すと当時の達成感やエネルギッシュな気持ちが甦り、誇らしい気分になる。真の一生モノで私にとってはラッキーチャームでもある――、買ったその日に大切なアワードを受賞したのだから。
トレンチコートは個性的なディテールにもフィットし、あらゆるスタイリングを成立させてくれる。袖をまくってシャツのカフや時計をのぞかせるもよし、共布のベルトの代わりにビンテージスカーフでウエストマークするもよし。今季はパリ左岸風ルックが復活の兆しだから、香水とティアドロップのサングラスをかけるだけでスタイルアップデートが完成だ。